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大阪地方裁判所 昭和44年(タ)68号 判決 1973年1月30日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 上田潤二郎

被告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 山口伸六

同 渡辺敏泰

右訴訟復代理人弁護士 木下善樹

主文

原告と被告とを離婚する。

被告は原告に対し金一二〇〇万円および内金二〇〇万円に対する昭和四四年五月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の慰藉料請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、第二項のうち金二〇〇万円およびこれに対する附帯金の支払を命じる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一、原告は、主文第一、第四項同旨および「被告は原告に対し金三八〇〇万円および内金三〇〇万円に対する昭和四四年五月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決ならびに右金三〇〇万円とその附帯金の支払につき仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり述べた。

1  原告(明治四二年五月二五日生)と被告(明治四二年三月三日生)とは昭和一〇年春頃事実上の婚姻関係に入り、同一一年二月一四日婚姻届を了した。

2  原被告は昭和二一年頃から大阪市○区○○○○○○町×番地で最初は靴等の販売、次いで洋服等の販売さらに飲食業を営むようになり、また○○○○○○町××番地にも店舗を入手して飲食業を営むようになった。

ところが被告は生活が少し楽になり始めた昭和二一年頃から女道楽が始まり、前記店の女店員らと次々に肉体関係を持ち、その数は現在まで実に約一〇名に及んだが、なかでも、A、Bにはそれぞれ子供まで儲けさせた。

右のような被告の不貞行為が発覚する都度、原告は被告に反省を求めたり、相手の女店員を退職させたりしてきたが、被告はその都度原告に殴る蹴るの暴行を加えてきた。

被告は現在もB、Cらと不貞な関係を続け、ほとんど毎晩店の売上金数万円を持って午前一時頃外出し午前五時頃帰宅するような状態を続けている。

右の事情は被告に不貞行為のある場合および婚姻を継続し難い重大な事由の存する場合に該当する。

3  原告は右のような状態で被告と離婚せざるを得ないことになったことにより精神上はかり知れない苦痛を蒙った。

右苦痛を慰藉するのに相当な慰藉料額は金三〇〇万円である。

4  原告は被告に対し財産分与として金三五〇〇万円の支払を求める。

原被告は結婚当時何らの財産も無かったが、夫婦協力して婚姻中に別紙記載の不動産(固定資産評価額合計金三〇一一万〇三〇〇円、時価合計約金一億六一五〇万円)のほか債権、動産類等合計約金一五〇〇万円相当の財産を取得するに至った。

従って被告から原告に金三五〇〇万円の財産分与をするのが相当である。

5  よって、原告は被告に対し、民法七七〇条一項一号、五号に基づいて離婚を求めるとともに、慰藉料金三〇〇万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年五月二五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金および財産分与として金三五〇〇万円の支払を求める。

二、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

1  請求原因1は認める。同2のうち原告主張の頃から○○○○○○町×番地で原告主張の営業を営むようになったこと、被告とA、Bとの間に肉体関係があり各一人ずつの子供があることは認めるがその余は否認する。

○○○○○○町××番地の店舗で飲食業を営んでいるのは株式会社○○(代表取締役甲野一郎)である。

被告とA、Bとの関係は、すでに同女らに手切金を渡し清算している。被告に過去に女性関係があったとしても、原告もこの事実を知っており、被告がこれを清算した現在においては、原被告の年令や子供、孫らとの関係を考慮すれば、今さら離婚原因としてこれを取上げることは当を得ない。

2  右株式会社○○は飲食業を営むことを目的として昭和三一年九月、代表取締役を被告、取締役を原告および原告の実弟乙山次郎らとして、設立せられたものであるが、被告が無学文盲に近かったので右乙山が経理および仕入部門を、原告が庶務関係を、被告が営業および業務全般を担当してたところ、昭和四三年一〇月右役員が改選せられ代表取締役に甲野一郎、取締役に被告および丙川三郎が就任した。そして、一郎が代表取締役になってからは同人の妻春子がレジ係につくようになったため原告は日々の売上金等についての口出しもできなくなっていたところ、その後乙山において会社設立以来不正をはたらいていることが次々と判明し、一郎らが右乙山を追及するに至ったので、原告は被告方に居づらくなり昭和四四年四月頃無断で家出し長女夏子方に身を寄せるに至ったもので、原被告間の婚姻関係の破綻は被告の不貞行為が原因となっているものではない。

3  原告は財産分与のほかに離婚に基づく慰藉料を請求しているが、財産分与は夫婦の実質的共有財産の清算のほかに慰藉料的要素等すべての要素をとりこんだ包括的な一個の離婚給付であるから、財産分与のほかに慰藉料の請求をなしえないものである。そして、被告の婚姻中の財産取得に対する原告の寄与の程度、口頭弁論終結当時の原被告各自の財産等を考慮すれば、原告の財産分与の請求は多額に過ぎる。

三、(証拠)≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、請求原因1の事実が認められる。(但し事実上の婚姻関係に入ったのは昭和九年である。)

二、≪証拠省略≫を総合すれば次の事実が認められる。

原被告は終戦後昭和二一年頃から大阪市○区○○○○○○町×番地で、当初は焼け跡での露天商のような形で、靴やその部品の販売、次いで洋服等の販売、その後飲食業等を経営するようになった。被告はほとんど文盲であったため当初から原告の弟乙山次郎が仕入れや経理関係を見るなどして原被告とともに営業に携わってきた。そして昭和二二年一一月頃には右営業により得た資金で別紙(一)ないし(三)の土地を買い店舗を建てて別に飲食店を経営するようになり、同三一年にはこれを、被告が代表取締役となり、原告と乙山次郎らが取締役となって株式会社○○として法人組織に改め、従業員も徐々に多数使用するようになって、昭和四四年頃には二〇名ほどの従業員を使うようになっていた。

ところで被告は昭和二一年頃から女道楽が激しくなり、自己の店で使用している女店員等と次々と関係を持つようになり、原告が、相手の女性に手切金を渡して被告と別れさせたり、店をやめさせたりしてきたが、原告の注意にもかかわらず被告は一向にその態度を改めようとしなかった。そして原被告の店の近所の喫茶店の店員であったA、同じく近所のパチンコ店の店員であったBにはそれぞれ子供まで儲けさせた。しかし、原告は当初は店の仕事も忙しく、子供達のことを考えて被告の仕打ちに耐えてきていた。

昭和三九年頃から被告は自己の店の住込の店員であったCと関係を持つようになった。そしてそのことが店中の噂になったため同女は他のアパートに移り住んで通勤するようになり、後には店に来なくなったが、被告は夜店を閉めた後に同女の許へ行き朝帰宅するという日が続き、原告が被告にCとの関係を絶つように要求すると被告は原告を殴打するなどの暴行を加えたうえ「女も子供もあるから出ていけ。」と怒鳴る始末であり、Cとの関係を絶とうとしなかった。

ところで長男一郎は昭和三五年丁村春子と婚姻し他で寿司店を経営していたが、しばしば原被告の店を訪れるようになっていた。そして昭和四三年二月被告は○○○○○○町×番地の土地建物を約七〇〇〇万円で売却し、それを資金として別紙(五)の土地を約二三〇〇万円で買ったが、被告と一郎とは同土地上に貸ビルを建てることを強く希望し、原告と乙山は採算がとれないことを理由に強く反対していた。このようなとき右七〇〇〇万円の金銭の出入にからんで、被告と一郎とは、原告と乙山が右金員をごまかし使い込みしていると言い出し、原告と乙山とを責め立てるようになった。原告らは全く身に覚えがなかったから帳簿等を示して被告に説明したが被告はこれを聞き入れようとせず、同年一〇月乙山と原告は営業から手を引き、一郎が株式会社○○の代表取締役となった。しかしその後も被告らは原告や乙山を責め立てることをやめなかった。

このような状態であるうえ、被告は相変わらずCとの関係を絶とうとせず、これを絶つように要求する原告に対し「気に入らなければ出ていけ」等と怒鳴っては暴力をふるう有様であったので、原告はこれに耐えかねて昭和四四年三月頃もはや被告とともに生活していくことはできないと考えて家を出、しばらくの間実家にいた後長女夏子方に身を寄せるようになり、以後原、被告は別居したまま現在に至っており、被告は依然としてCとの関係を続けている。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によれば原被告の婚姻は現在すでに破綻しており、その原因は被告の不貞行為によるものであって、原被告の年令等諸般の事情を考慮に入れても、もはや原告に被告との婚姻継続を強いることは相当ではないから、原告の民法七七〇条一項一号、五号に基づく離婚請求は理由がある。

三、そこで慰藉料請求について判断する。

被告は財産分与は夫婦の実質的共有財産の清算のほかに、慰藉料的要素等すべての要素をとりこんだ包括的な一個の離婚給付であるから、財産分与のほかに慰藉料の請求をなしえないものである旨主張するので考えるのに、財産分与の制度は、夫婦が婚姻中に有していた実質上共同の財産を清算分配し、かつ、離婚後における一方の当事者の生計の維持を図ることを目的とするものであり、ただ裁判所が財産分与を命ずるかどうか、分与の額および方法を定めるに当っては当事者双方の一切の事情を考慮すべき関係上、相手方において、有責行為により離婚に至らしめたことにつき請求者の被った精神的損害、すなわち慰藉料を賠償すべき義務を負うものと認められるときには、これが賠償のための給付をも含めてその額および方法を定めることができるものと解すべきである(最判(二小)昭和四六年七月二三日民集二五巻五号八〇五頁以下参照)。以上の如く慰藉料的要素は財産分与に包括的不可分の関係で含まれているものではないのみならず、慰藉料請求権は財産分与請求権とその性質を必ずしも同じくするものではないから、財産分与に右慰藉料的要素を包含する等特段の事情のない限り財産分与と別個に慰藉料の請求をなすことを妨げるものではない。そして、右両者が併列的に請求された場合には、財産分与の請求は右の清算、扶養の趣旨においてのみこれを求めているものと解するのを相当とする。

ところで、前記認定事実によると、原告は被告の責に帰すべき事由により被告と離婚せざるをえないことになったものである。これにより原告が精神的苦痛を被ったことは原告本人尋問の結果により明らかであるから、被告は右苦痛を慰藉すべき義務がある。そして、その慰藉料額は前認定の諸事実および本件記録に現われた一切の事情を考慮すると金二〇〇万円が相当である。

四、次に財産分与請求について判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば次の事実が認められる。

原被告は結婚当初はほとんど財産を有していなかったが、前認定のとおり原被告協力して働いた結果、昭和四三年九月末には被告は被告名義で別紙(一)ないし(六)の不動産を有するようになったほか、被告が代表取締役となり株式会社○○として別紙(四)の建物で飲食店営業をするようになっており(なお株式会社○○は株式会社組織ではあるが、右会社は原被告の婚姻後被告がその個人営業により得た資金を投下して発足させた従前の個人営業の延長であり、被告個人が実質上の管理処分権を有していたことが認められるから、財産分与請求につき判断するに当っては、被告個人の営業と同視するのが相当である。)、借金も七〇〇万円ほどあった。

しかしその直後乙山と原告が営業から手を引き、被告や長男一郎が主として営業に携わるようになって、銀行等から借金し別紙(五)の土地上に被告および一郎の共有名義(被告の持分は五分の四)で貸ビルを建てたが、思うように借手が見つからず、右債務も返済できないまま、昭和四五年二月頃には被告の債務は合計五八〇〇万円ほどになっていた。

同四五年七月頃、一郎は営業から手を引き、被告は長女の夫甲野良夫を責任者に迎えて、乙山次郎に再び経理関係等を見てくれるように頼み、株式会社ニュー○○として営業を続けるようになったが、借金の返済に当てるため別紙(六)の建物を六五〇万円で売却し、別紙(五)の土地および同土地上の貸ビル(被告の持分のみ)を五五〇〇万円で売却したが後者については現在に至るも代金のうち一七〇〇万円しか弁済を受けていない。

昭和四七年三月現在で被告の債務は約四〇〇〇万円に減少したところ、同月一八日頃から被告の要求で池本らが営業から手を引き、再び被告と一郎らが主として営業に携わるようになったが、その後債権者である山田秋子が経営者として別紙(四)の建物で営業に携わるようになり、被告は月給五万円を得て現在に至っている。

被告は以上のほか特に財産を有しておらず、別紙(一)ないし(四)の土地建物の昭和四六年一〇月当時の価格は四〇九〇万円である。

他方原告は現在無収入であり長女方に身を寄せている。

以上の事実が認められ右認定に反する証拠はない。そうすると被告は現在約四〇〇〇万円ほどの債務はあるが、別紙(一)ないし(四)の不動産と別紙(五)の土地と同土地上の建物の売却代金の残債権との財産を有しており、これらは婚姻中に原告の協力を得て取得したものと見ることができ、前記認定の事実からすれば原告は被告の財産蓄積に相当程度寄与していることがうかがわれるから、これらのことを考慮に入れて考えれば被告から原告に金一〇〇〇万円の分与をするのが相当である。

五、よって、原告の離婚請求は理由があるからこれを認容し、慰藉料請求については金二〇〇万円およびこれに対する婚姻破綻後である昭和四四年五月二五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却する。そして、財産分与については金一、〇〇〇万円の限度でこれを分与し、被告にその支払を命じることとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 中川敏男 竹江禎子)

<以下省略>

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